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平岡との遭遇編 その②【解散まであと11日】

前回までのあらすじ


一個下の記事読め




んじゃ前回の続き

【平岡との遭遇編②】


そんなこんなで平岡とバンドを組む事になった。



平岡たちと別れてからの帰り道は、それはもうテンション高かった。

『遂にバンドが組める!』


これからの日々を思うと、なんでも出来る気がした。


遅すぎる夢の始まり。
26歳の夏の終わりだった。





そして一週間後、初めてのスタジオ。

吉祥寺で待ち合わせをし、今では定番となった平岡一人THE WORLD(止まってるのは平岡だけ、要するに遅刻)を初めて見舞われ。

これは今後苦労するぞと思いながらスタジオへ向かった。



吉祥地ペンタ サウスサイド



だが、スタジオに着いてからの記憶がない。
セッティングをし、まずはセッションしたのか、曲をやったのか。
全く覚えていない。

ここの記憶がスッポリ抜けている。



ハッキリ覚えているのは、こう思ったことだった。




『あれ?この人、ドラム叩けなくない?』






そう。

平岡はドラムが叩けなかったw



叩ける・叩けないの基準は人それぞれだろうが、取りあえず俺の曲はまともに叩けなかった。
はっきり言って8ビートすら怪しかったw



この瞬間から立場が逆転するわけである。

平岡の天下は短かったw






俺は思った。




『えらいのに捕まっちまったw』






その後はなんとなーく曲をやり(できてない)、談笑し、セッションし(叩けてない)。

拙いながらも音を楽しんだ。
笑った。


ドラムを叩けない事すらも楽しかった。



出会って半月で、会うのは3度目で、初スタジオで。

俺達はすっかり仲良くなっていた。



ドラムを叩けなきゃ曲にならない。

当時既に26歳だった俺は、当時29歳の平岡が叩けるようになるのを待てるほど若くない。




でも。

一緒にやる以外の選択肢は考えていなかった。

それは妥協や惰性ではなく。


スタジオに入り笑い合った瞬間から、既に俺達はメンバー同士だった。

臭い事をいう訳でもいい奴ぶるわけでもなくて、こいつと一緒にやって行くという考えしかなかった。




それからはベースのいない状態で、毎週スタジオに入った。

時にはあまりのベース音の恋しさに、シーケンサーのベースだけを鳴らして練習した事もあった。
無謀だと2秒で気付いたがw


スタジオの後は毎回ファミレスであれこれ話し。
年甲斐もなく夢を膨らませていた。



バンドTシャツ作るならここにロゴ入れたいね!
とか

『一つ葉』は満を持して音源化させたいね!
とか

バンド名は略しやすいのにしたいね!
とか

こういう曲やりたいね
物販はまずステッカーとバッジかな
こんなライブがしたいね
〇〇と対バンしたいね
こんなバンドにしたいね
こんなイベント組みたいね



それはもう、ありとあらゆる妄想をしまくった。

メンバーも見つかっていない、ライブもしていないくせに。
そのビジョンだけはやたらと具体的だった。


でも今思えば、それがDog on Backseatの原点であり礎となっていった。


Dog on Backseatは俺と平岡の妄想を具現化させた物。


それはどのバンドでも当たり前の事かもしれない。
でも、Dog on Backsaetはその純度が高かったように思う。


俺達がやりたい事を全て詰め込んだバンド。
その意識は常に根底にあった。

自然にそれが、Dog on Backseatのルールになっていった。



二人で入る週1のスタジオと妄想談義は、アイコが入るまでの半年間続いた。

話は尽きる事なく。
過ごした時間の分だけDog on Backseatのビジョンは確固たる物になっていった。



思い返すと青臭くてむず痒くなる、でも胸が温かくなるような。

そんな日々だった。





ツアー先などでよく
『Dog on Backseatってバンド名はなんでつけたんですか?どういう意味ですか?』

と聞かれたけど。


バンド名も平岡との妄想談義の中で決まった。



正直理由も由来もあまり覚えてないし、わからない。
特に意味なんてない。


ファミレスで談笑しながら、お互いに入れたい単語を羅列して。
その中から組み合わせて考えた。

そうしている内にいつの間にか決まっていた。



俺はそれしか覚えていない。

平岡は覚えてるのかな?




いやーしかし。
平岡と出会ってアイコが加入するまでの半年間だけでも色々あったなー。


ベース募集している中でいろんな人に出会ったし。
その中には、加入はしなかったけど未だに交流のある人もいる。

人との出会いってのは不思議なもんだ。


お、なんか平岡テイストな事を言ってしまったw





せっかくだから、今までに出会った記憶に残るベーシストランキング!




  3位 ロック兄さんは色々とんがってた


新宿で会った、とんがった靴を履いて胸元おっぴろげ柄シャツを着たロック兄さん。
靴がとんがってた。
あごもとんがってた。

そう、彼はしゃくれてた。
とにかくしゃくれてた。

彼は曲を聴いて大絶賛し(しゃくれ)、やる気満々だった。
俺と平岡は微妙だった。
彼はしゃくれてた。
間違いない。

そして、また連絡しますとしゃくれて。
彼は音信不通になった。

あの大絶賛はなんだったのか。
あのしゃくれは。

彼が加入していたら、今頃Dog on Backseatは80’sテイスト満載のとんがったバンドになっていた事だろう。
惜しい事をした!
しゃくれたかった。




  2位 無音小僧は収納上手


吉祥寺で会った、小太り低身長の大学生。
丸かった。
とにかく丸かった。

彼はベースを背負い、手には衣類収納ボックスを持っていた。
(家の押入れによくある服を収納する透明な箱)
引越しか?

中にはエフェクターが入っていた。

街中で、裸の収納ボックスを手に持った人を初めて見た俺は。
『こいつぁーただもんじゃねぇ!』
直感でそう感じた。

数分後、それは確信に変わった。
彼は



2時間のスタジオ中一切ベースを弾かなかった



収納ボックスからエフェクターを出しセッティングはした。
音出しもした。
セッションでも好きな曲でもなんでもいいよ、と提案した。


だが彼は。

『はい』
その一言だけで一切音を出さなかった。

俺は
『平岡の再来か!』
と思った。


結局雑談と、俺と平岡のいつも練習だけで2時間が終わった。

一体なんだったのか。


また連絡しますと言って彼は収納ボックスを手に去っていった。
そして安定の音信不通。

彼が加入していたら、今頃Dog on Backseatは孤高の無音ノー演奏引越し屋になっていた事だろう。
惜しい事をした!
引越したかった。



  1位 ジャンピングクラッシャーの恋は儚く散る



吉祥寺で何度かスタジオに入り、加入一歩手前まで行った彼。
見た目はいかつかった、そしてデカかった。
見た目にインパクトがあり、ベースもうまく、暴れる事もできる。
ボディーガードにもなる。

『これは遂に来たな!』
そう思った。

彼自身も加入したいと言っていた。
彼を正式加入させようかと平岡と話していた。


そんな年下の彼は、よく俺に恋の相談をしていた。
正直少し面倒くさかった。

『行くしかないだろ、言うしかないだろ、言わなきゃ伝わんねーよ、ウダウダしてんな早く告れ』
と親身になってアドバイスした。(←)
正直少し面倒くさかった。

結局彼は玉砕した。
落ち込んでいた。
正直すげぇ面倒くさかった。


そして彼はその鬱憤をベースに打ち込んだ!
熱かった!
激しかった!
凄まじかった!

そんな彼は勢いの余り



スタジオの蛍光灯をジャンプで叩き割った。



俺、スタジオの店員さんに土下座してるバンドマン初めて見ました。


彼は死んだ。



結局彼は加入しなかった。
断った。
だって、ハワイアン6やりたいって言うからw
ごめんねw


彼が加入していたら、今頃Dog on Backseatは失恋ソング専門のハードコアバンドになっていた事だろう。
惜しい事をした!
失恋したかった。





以上!
記憶に残るベーシストランキングでした!

他にも色々あるんだけどね!
初対面で意気投合しすぎて新宿→吉祥寺とスタジオハシゴしたベーシストとかw

でも長くなっちゃうからね。
いやーしかし、思いの外ベーシストのくだりで長くなったなぁ。

なんか俺疲れてきちゃった。
もう終わっていい?

平岡の話しももう飽きたわー。


唐突に終わる。
眠いの俺。


また数日開くと思うけど、次はアイコの話しでも書こうかな。
ま、適当に。

ほんじゃー

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非公開コメント

No title

かすかに登場している気が...
光栄です。

コッソリ登場させちゃいましたw

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